老子の言葉をわかりやすくお届けします

生死と柔弱

「老子」のキーワードの一つが、「柔弱」という言葉。
柔らかくて弱い…一見、「弱っちィ〜」と感じてしまう響きですが…。

 

老子が説いたのは、「柔弱の徳」。
つまり、柔らかくて弱いことを良しとしていたのです
なんだかちょっとひねくれているような、
「やっぱり老子って、天邪鬼だよね」
とも思われてしまいそうな考え方ですが(笑)、
次の言葉を読めば、「確かにそうだな」と合点がいくのではないでしょうか。

 

「人之生也柔弱、其死也堅強。
萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。
故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。
是以兵強則滅、木強則折。
強大處下、柔弱處上」

 

(人の生くるや柔弱、その死するや堅強。
万物草木の生くるや柔脆、その死するや枯槁。
故に堅強は死の徒となり、柔弱は生の徒なり。
ここをもって兵強ければすなわち滅び、
木強ければすなわち折らる。
強大は下に処り、柔弱は上に処る)

 

人は、生きている間は身体がやわらかいですが、
死ねば硬直しますよね。
草木も同様に、生きている間は枝や幹は柔らかく脆いものの、
死ぬと枯れて堅くなります。

 

老子は、これを人の生き方にまで発展させて
「だから、堅固なものは死に、柔軟なものは生きるんだよ」
…と諭したのです。

生まれたままの柔らかさを保て

確かに、生物の肉体は、その生を失うと共に
やわらかさも、温かさも、しなやかさも失われてしまいます。
生きているということは、すなわち、
「やわかく温かいということ」とも言えるでしょう。

 

老子は、この「柔弱の徳」を軍隊の在り方にも反映させていて、

 

「軍隊は強大になれば何時か敗れ、枝も強大になれば折れる。
つまり剛強さが劣勢となり、柔軟さが優勢となるのだ」

 

…と、教えています。

 

 

「太陽と北風」というイソップ童話がありますが、
老子の「柔弱の徳」はこの童話の結末にもよく表れています。
すなわち、剛強な力でもって人をコントロールしようとしてもダメ。
ポカポカと温かい太陽のように、優しく包み込むように、
いわば“柔弱”な態度で接すれば、
人は心に着込んだコートを脱がずにはいられないのです。

 

ですから、「ミサイルだ」「核兵器だ」と剛強に身構えている国に対して、
同じように武力で対抗しても解決にはなりません。
金大中(キムデジュン)政権の時の「太陽政策」のように、
柔弱な政治が理想的なのかもしれません。
(もっとも、「太陽政策は失敗だった」という評価が多いようですが)

 

人間の生き方にしても、政治の在り方にしても、
「生まれたままの柔らかさを持つ」
これが大事なポイントですね。

いつでもしなやかに、やわらかくあれ

若い頃は身体がやわらかかったのに、年齢と共にカタくなってきた…。
みなさんも、心当たりがあるのではないでしょうか?

 

実は、固くなっているのは身体だけではないかもしれません。
生きていれば、年齢を重ねれば重ねるほど、
経験も知識も増えていきますよね。

 

もちろん、生きる上では必要なものですし、
何も身に付くものがない人生というのも困りものです(笑)。
しかし、時として、その“身についたもの”が人生の足かせになる場合もあり、
それがその人の生き方を不自由にしている可能性もあるのです。

 

自分が人生の中で得たもの、
知識や財産、地位…そういったものに固執せず、とらわれず、
いつどんなことがあっても柔軟に対応できるのが理想の在り方でしょう。

 

口で言うほど簡単なことではありませんが、
老子の言葉を借りて言うなら
「硬くて柔軟性がないのは、死んでいる」のと同じ。
いつまでも「生きて」いる状態であり続けるためにも
やわらかで、しなやかであることを意識して日々を過ごしたいものですね。