老子の言葉をわかりやすくお届けします

儒家とは?

「儒家思想」という言葉をよく耳にしますが、
「儒家」=中国の哲学者?というところまではわかっていても、
そもそもそれがどのような思想なのか説明できる方は少ないのではないでしょうか。

 

いわゆる「儒家」の代表格ともいえるのが、孔子(紀元前552〜479年)
儒教の開祖と呼ばれている人物です。
「儒家思想」の特徴をざっくりと一言で表すと、
「仁・義・礼を重んじることが社会を安定させる」という考え方。
どういうことかとういうと、
「血族的な関係や主従関係を重んじることが安定した社会をつくることにつながる」
という考え方です。
両親や先生に対する感謝や尊敬の気持ちを大切にし、
それを「礼」として表すことを重んじていました。

 

また、“学ぶこと”の大切さを説いた点儒家の特徴。
人は学びによって自分自身を向上させることができ、
結果的にはそれが、家を・国を・天下を発展させていくことにつながる…。
だからこそ、儒家思想では「人は常に学び続けることが大事だ」と教えていたのです。

 

このような儒家思想に対して、真っ向から異を唱えていたのが
我らが老子です!

老子と儒家の決定的な思想の違いは

まず老子は、儒家思想の最大の特徴である「礼」に噛みつきました。

 

朝・晩に顔色をうかがい、食事の世話をする。
(現代の日本であれば)盆・正月に実家に帰って両親の様子を伺う。
…これらの行動は全て、非常に「形式的」なこと。
一見、とても「親孝行」に見えますが、
そこに感謝や、相手を思いやる真心がなければなんの意味もありません。

 

老子曰く、儒家がそのような形式的な“礼”を重んじるのは
「世の中が乱れている」という証拠。
「人々が心を失ってしまっている」ことに他ならない…と。
心から感謝する気持ちがなくなってしまったから、
それを補うために“形式的な礼”が必要になったのだ、と。

 

確かに、定まった形式に倣って行動しているだけでは、
相手に対して感謝も真心も伝わりません。
本当は面倒くさくて帰省なんてしたくはないのに、
「お盆だから」」「正月だから」と、ラッシュのさなかに人混みに揉まれて帰省する
…そこになんの意味があるのでしょうか?
単にエネルギーを消耗するだけではありませんか!?

 

そんな行動は、孝行でもなんでもない!
確かに、老子の言う通りですよね(笑)。

理想の政治は「なにもしないこと」?

さらに老子は、「学んで知識を身に着けること」を推奨する儒家思想に対しても
異を唱えていたことで知られています。

 

むしろ老子は、「知識は少ないほうが良い」と教えていました。
(これは、国を治める政治家に向けてのメッセージですので、
私たちのような一般庶民に当てはめるとちょっと議論がズレてしまうかもしれませんが)
老子は、「国を治めるリーダーが余計なことをすればするほど
国はうまく治まらなくなる」と考えていたようで、
「国を治める者はなにもしないのが望ましい」と説いていたのです。

 

何もしないのに
(…というよりは、一見「何もしていないように見えるのに」が正解ですが)
その国はうまく治まっている。みんなHappyだよ♪…というのが老子の理想。

 

ことさらに「自分がこんな政治をしたおかげで国民がこんなに幸せになったんだぜ」
と実力をひけらかすのは本当の政治家とは言えないと、老子は考えていたのです。

 

余計な知識に頼り過ぎず、あるがまま、「自然」の教えに従って生きよ。
万物の根源である”道”に従った政治をすれば、国は安らかに治まる。

 

…このような老子の思想は、儒家とは正反対の考え方。
「儒家思想と並ぶ中国の二大思想」として、今なお生き続ける所以なのです。